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86歳のじいさんが、なぜ未来を語れるのか?

2017.01.21

どうも、自由になったサルです。

年末年始に、久しぶりに実家へ帰っていて、その時、おじいちゃんのお兄さん(僕からすると大叔父さん)とお話をしていて、びっくりすることの連発だったので、みなさんにも共有したいと思います。

「ちょっと変わった人」

僕の大叔父さんは60年間も画家やデザイナーをしてきたプロフリーランスです。

初めて(記憶のある年齢になってから)会ったのは一昨年前、その当時、大叔父さんは千葉県に住んでいました。

親やおじいちゃんからは「ちょっと変わった人」と聞いていたので、どんな人かと思っていたのですが、実際に会ってみると、

確かにカタカナ言葉が多く(ルー大柴みたい)何を言っているのか訳がわからないって言われてきたんだろうなって思う部分もあったんですが、僕は初めて会った時に「こんな84歳(当時)、かっこよすぎる…」って感動したことを覚えています。

それは、世の中のことをほんとに客観的に見れていて、それに対して批判的に訴えるのではなく、どう解決していくのかを示せる人だったからなんです。

今までこんなにも明確に自分の信念を持って、前に進もうとしているじいさんと会ったことがなかったので、ほんと衝撃的でした。

若い頃、家を飛び出て自分勝手に生きた。

大叔父さんは、高校を卒業と同時に家から飛び出し上京、画家の道を歩んだそうです。

当時、戦後間もない時期で世の中的には経済発展を求め、いろんなものを作り、売っていくことが主流だった時代です。

そんな時代にもかかわらず、今よりもっと狭き門だったであろう「画家」選択。

一番大きな理由は、高校生の当時、家にいるのが窮屈で上京したいと思っていたこと、昔から得意で好きだった絵を描くことを仕事にしようと思ったのが最初らしいんですよね。

絵の学校へ行ったわけでもなく、どこかで学んだわけでもなく、自分でとことん書き続けた結果、たまたま出会った仕事が大当たり。

大叔父さんは

まあ、運が良かったよね!ハハハハ。

と言っていましたが、この機会を掴むために周りもほっといて、必死に自分の求める道を突き進めたからできたんだろうなと思えるのです。

なかなかこんなにも突き進める人はいないですよね。

戦争へも行ったけど、身体的な理由で戦闘機に乗れず生き残った。

話をしてく中で、でてきた”戦争の話”。

80歳を超えてくるとじいさん達は大体戦争の話しかしないってのが僕の今までの経験上多かったんですが、今回聞いた話はとても新鮮で面白かったんです。

僕もね。戦争の訓練はしたよ!その当時、もう中学生だったから周りの同級生たちもみんな行った。僕は「戦闘機に乗りたい」ってその時は、すごく懇願してたんだけど、結局身体検査がどうしても通らなくて…それで、結局銃を撃つ練習には行ったけど、戦闘機には乗れなかったんだよね。

ただ、今ではほんとに運が良かったなって思う。同期で戦闘機に乗って飛び立った健康で、優秀な人たちはほとんど全員死んだ。今、僕がここにいるのってほんと奇跡だなって思う。

体が悪いことをその時は呪ったけど、こんなにも刺激的な人生を送れたのは生きてたからなんだよな〜。

ほんと衝撃的な事実だった。

健康で、賢くて、能力の高い人たちがみんな飛行機に乗って死んでいったそうなんです。

今までいろんな戦争の話を聞いてきたけど、一番自分の心に残っているエピソードをもらえた瞬間かもしれないなと思いました。

だって、大叔父さんがもし、戦闘機に乗ってたらって自分ごとにして考えることができたから。

「自分事」ってすごく重要なキーワードだな。

可能性があるのに、その可能性を広げられる人がいない

大叔父さんとの話の中でこんなこと言っていたのがとても印象に残っています。

日本のいろんな地方には可能性が広がっている。地方しか持っていない価値が必ずある。でも、それをプロデュースして、デザインして、広げてあげられる存在が足りなさすぎる。

どれもその土地に合わないお土産を作ってみたり、お店を作ったりして失敗してる。その土地が持つ、元来ある良さをちゃんと見つけて、広げていければどこだって輝くのにな〜。

こんな発言が86歳の口から出てくるとも思っていなかった衝撃もありましたが、一番びっくりしたのは僕が感じていることと同じことを60歳以上も離れた人が自信を持って言えること。

高知県の山奥ですみ、生活している時には「若者と老人では価値観が違う」なんて一言で思考停止していたのが、大叔父さんと話して一気に覆されたように感じました。

そう、彼は未来を見ようと、作ろうとしているのです。

多くの老人は過去を振り返り、想いを共有し、幸せを感じ、日々の変わらない生活を望みます。

だけど、彼には過去なんてどうでもよく、その上に未来が乗っかっていくのだから、「未来を語らないと意味がない」という感覚があるのです。

どちらが良いとかではなく、こうして未来を語っている老人がいるのに、僕たち若者は未来を語れているのだろうか。

死ぬまで描き続けたい

3時間ずっと話をしてきた86歳のじいさんの最後の一言は、

あと何年生きれるかな。死ぬまでに自分が考えたことができるかな。まあ、もう体が動かないってなるまでは描き続けたいな。

身震いしました。

若い僕たちでさえ、5年先でさえ見れず、ただそこにあることを一生懸命するしかないって人がほとんどなのに、彼は常に何十年も先、さらに言えば、自分が死んだ先の未来のことを今から描き始めようとしているのです。

本来すべての人がアーティストであり、死ぬまで未来を描いていくことが必要なのに…

過去からは何も生まれない、未来を作るのは自分自身

彼のいろいろな話の中で僕が一番学んだことは、「過去からは何も生まれない」ということと、「未来を作るのは自分自身」だということ、当たり前のようで当たり前ではないそんなこと。

彼がそんな風にこれからの未来を語ることができるのは、常にその姿勢を忘れず前を前を見て生きてきたからなんだと思いました。

戦後の大変な世の中でも、めげずに前を見て、自分の描きたい未来を描こうともがいて。

周りから「変人」と言われながらも、自分が正しいとおもう未来を描き続けた。

そして、86歳となり、体も思うように動かない、耳も徐々に遠くなっていくけど、でも今の自分だからこそ描ける未来があると考えている。

ふと、そんな姿を見たとき、周りにいる「未来を描くことを諦めてしまった大人」と比べてしまいます。

今ある現状を変えられるのは自分だけなのに、自分が変えようと思えば変えられるのに、変えることが怖いのか、変えた未来が見えないのか、逆に変えようとする若者たちの足を引っ張ってしまう。

本当に悲しい現実だなと思います。

86歳のあと何年いきれるかわからないじいさんが未来を語っているのに、これから自分のこどもたちへ未来を与えないといけない大人たちが未来を語ることを良しとしない。

若者たちが描こうとする未来を足を引っ張り、蹴落とそうとする。ほんとに悲しい。

僕ら若者は体力も、時間も、可能性もいくらでもあるのだから、もっともっと未来を描いていこうよ。大人の言うことなんて聞かないでさ!

86歳のじいさんが描いた未来の上に僕たちが立つのではないよ、86歳の知恵や経験をいただいて、未来を描くのは僕たちの仕事なんだよ。それが今の時代にはできるんだよ。諦めたらそこで試合終了なんだよ。

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