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地域のすばらしい人材が潰される”期待”という束縛

2016.08.10

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どうも!

自由になったサルこと、矢野大地です。

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田舎であればあるほど、地域のこどもたち(若者)への”期待”がすごい

僕も田舎で生まれ、人生の半分以上は田舎で暮らしてきました。

小さい頃は自分の地元のことなんか全然考えてもなかったし、高校生になってからももちろんそんなことは考えたこともなかった。

だから、僕はいい意味で、地元から期待されることはひとつもなかったです。

が、現在住むだいちハウスへ住み始めて思ったことは、小さい頃から地域で頑張っている子や移住してきた若者への地元の期待は大きく、地元をよくするために尽力して欲しいという思いがとても強いのです。

このような話はここ数年で飛躍的に増えてきたのではないかと思います。

ほんの少し昔は、親や先生、多くの大人たちが「こんな田舎で頑張っても意味がない。能力のある子ほど都会へ行って頑張ってこい!」と言っていた時代がありました。

が、近年、地方の少子高齢化、人口減少などの問題が露骨になり始め、地方創世のカギは「若者・バカ者・よそ者」などと言われ始めました。
 

そんな影響か、地方の中ではどんどん地元のこどもたちがこれからの地域を支えていくんだと言う思いが膨らみ、地域の中でより、頑張っていろんなことへ挑戦していくこどもたちを見つけては「将来はこの地域を頼んだぞ!」という風に期待をしていくようになったんです。

この”期待”はすごくて、地域どころか市町村をあげてその子に期待する構図が出来上がっていくのです。

コミュニティが狭いということはそうした人への評価もすぐに広がり、町全体をそうした雰囲気にするのがとても容易なのです。

 

期待をされることで自分がわからなくなる

期待をするということは良いことだと捉えている人は多いかもしれません。

そう、もちろん期待されることで自分自身に自信を持って取り組める子、頑張る子が多いです。特にこどもであればあるほど、親や周りに人に向ける承認欲求は強く、期待されることでモチベーションを保つ子も少なくはないと思っています。

しかし、期待され、それに応えることの怖さは、そこに”自分の意思がほとんど無いこと”なんです。

こちらの本でも口すっぱく書かれていますが、期待され、その期待に応え、承認欲求を満たす生き方は「本当の自分」ではないのです。

僕も大学3、4年生の頃までは”期待”に応える生き方をしてきたのでよくわかります。

自分で選択しているようで、自分で選択していないのです。

「あなたはこういう風に生きるべき」という期待をされ、それに応えるように生きているのです。

そのことに疑問を持たず、ずっといきてきた人を否定するわけではありません。が、期待され失敗した時、その人はたぶん自分ではなく、期待した誰かを恨むでしょう。だって、本質的にその道を選択したのは自分ではないのです。

その人は期待に応えることをどこか自分の選択として捉えているようで、本質的なところでは自分の中に落ちてきていない行動をとっていることが多いのです。

 

田舎で若者が潰される構図

上記で説明してきたように”きたい”というのは良い面ももちろんありますが、”若者自身に選択をさせる”という選択肢をなくしているといっても過言ではありません。

そして、ただ期待するならまだいいのですが…

人にもよりますが、期待を裏切られたという悲壮感を回りくどく本人に伝わるようなことをしてしまうのが一番の”若者潰し”なんです。

具体的な一例だと。

ある地元の人が、地元出身の若者にすごく期待をしていた。

しかし、その若者は自分がやりたいことを見つけ、ここから去っていく決断をした。

それに対し、「あんだけ期待してやったのに、なんで外に行くんだ」的な発言を直接ではなく、回りくどく本人に伝える。

そして、その若者は自分の選択肢が本当にそれでいいのかに悩み、自分が本当にしたいことは何かがわからなくなる。

こうした構図が出来ていくんですよね。

繰り返しになりますが、若者を一番潰すのは自分の期待を裏切られたという勝手な想いから、その若者を束縛しようとすることなんですよ。

先日書いた、

田舎の移住者を苦しめる”歩み寄りのジレンマ”

この記事もたぶん同じ構図なんだろうなと思います。

 

”期待”することは”悪”ではないけど、お互いを縛る綱になってはいけない

期待って絶対するんですよね。

こんなこと書いてる僕だって、めちゃ期待しちゃいます。

でも、自分が期待した通りにことが進まなかった時、それをその人の責任のようにするのは間違ってます!

それは、他人を自分の期待という縄でぐるぐるに巻きつけ、それを解かれたことに対して、怒っているということなんです。まさに、束縛ですね。

ひと昔前、そのようなことが生活の中で当たり前に行われてきた時代と今は違います。

自分が選びたい道を選び、自分の生きたい人生を生きることができます。

たとえ、それが金銭的に豊かではなくても。
 

イケダハヤトの「新世代努力論」で書かれていることと類似してくると思いますが、僕らの努力すべきは”期待”に応えることではないのです。

そうした”期待”という名の束縛が逆に地域中の素晴らしい人材を潰していく原因になっていることも少なからずあるんです。

だからこそ、それを自分の中に秘め、”期待”ではなく”応援”をしてあげましょう。

自分たちの地域から”自分らしく”、”自分のしたいことを実現できる”若者を増やすことが、必ずその地域を残していくためのキーワードになるはずです。

若者がもっと希望を持てる場を大人が作ってあげるべきなんですよ。ほんと。
 





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矢野 大地 (やの だいち)


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