田舎の移住者を苦しめる”歩み寄りのジレンマ”

2016.07.09

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ども!

昨年の10月に高知市内から中山間地域である本山町の山奥へ移住しまして、早9ヶ月が経ちました。

だいちハウスという外に開かれた場所を作っていて、住み始めて述べで400人ほどの人が訪れてくれる場所になりました!

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さて、そんな楽しく、スローな田舎暮らしライフの厳しい現実をお伝えしましょう。

 

移住者は地元民の生活に合わせろという思想

最近こんなことがあったんです。

:「◯◯さん!最近NPOを立ち上げて、地域を盛り上げていく活動を始めました。」

地元民A:「おお!それはいいことやな。して、NPOってなんぞや?」

地元民B:「そんな理解できないものはもっとこの地域の人が理解できるようになってから立ち上げないと意味がないのでは?」

:「そうなんですか。でも、僕の団体ではこの地域だけをフィールドとしているわけではなくって嶺北全体とか社会全体を見て活動しているんです。」

地元民B:「そういうレベルの違うことを言えわれてもわからん。取り合えず、この地域の人ともっと打ち解けて、理解してもらわんことには先に進めんのちゃうんか?」

:「僕はちゃんと説明をする機会はつくりますし、見かけたら挨拶はしますし頑張ってコミュニケーションをとってるつもりです。」

地元民A:「つもりではいかんぞ。この地域にはこの地域の考え方がある。この地域の人らはみんな農業をしてるから、農業をしっかりしたら理解してもらえるぞ。」

:「農業も小さくはやり始めてますよ!」

地元民B:「そりゃいいことじゃ!もっとみんなに伝わるようにせんと。」

地元民A:「結局、そのNPOとやらはやっぱり理解できん。わかるように説明してくれや。」

こんな話を7時間ほど話されました。
 

「郷に行けば郷に従え」

という言葉があります。僕は「みんながやっていることだから、やったほうがいい。」
今はそう聞こえます。

ひと昔前はそういう文化だったのかもしれません。でも、僕らの時代の「郷に行けば郷に従え」は「みんながやっていることだから、やったほうがいい。」ではないのだと思うのです。

みんなのやっていないことをやることには、みんなの許可がいる。

そういう文化がこの地にはあるのだと肌で感じました。→これは正直めんどくさいです。

他の例では「有機栽培」や「自然栽培」に関しても、「なんかあの人らがよくわからないことをしよる」と思っている人が大半みたいですね。ええやんべつに。

 

理解できないことは理解しようとしない思想

上の話でも、「わかるように説明してくれ!」と何度も言われて、何度も説明をしました。

でも、「ようわからんな。そんなん必要なんか?」

とかまで言われてしまう始末。

基本スタンスとして、長年の考え方があるので、急に変わることはないと思いますが、基本は「理解できないことは理解しようとしない」というスタンスなんだなと。

※もちろん理解してくれる人も少なからずいますよ!ありがたいことに僕の周りは基本こういうひとです。

この時にいつも、僕には「地元の生活を理解してくれ」とかって歩み寄りを求めるのにもかかわらず、理解できないことには歩み寄る努力もしてくれないんだなと少し残念な気持ちになります。

 

良かれと思ってやることが良くないことの方が多いという現実

”田舎の人はあたたかい”

確かにそうですね!田舎の人の多くは色々と気にかけてくれるし、心配もしてくれます。

「食べてるか?食べ物なくなったらいつでも言いや。」と優しい言葉をかけてくれます。

でも、例えば…

他の地元の人と僕がより親密になるための考えを思いついたので朝5時半にうちに遊びに来られました。

→はい、もちろん起きてません。

眠そうに話を聞いていると、「分かっとるんか?こっちはわざわざ話に来てやってるんやぞ。」という感じ。いや、生活習慣違うし、そこで怒られても…みたいなこともちょこちょこ。

うーん。ありがたいのだけど、嬉しくないな。

また、「〜〜で挨拶をお願いしたいんですがどうですか?」とお願いした時も。

「いや、わしはこの地域ではそんなに上じゃないので、できない。もっと、上の立場の人に言ったほうがいいのではないか?」と電話連絡をされ…

僕のことをあまり知らないので、受けれないと言われてしまう感じ。

僕は別に立場が高い人に挨拶をしてもらいたいと思っていないのに、それが当たり前だと思っているので、こうなってしまう。うーん。

こんな風にあげていけば、世代間の差、文化の差は少なからずあって、それぞれの当たり前を押し付ける良さは、ただの「おせっかい」になってしまうんですよね。

僕はうまく流したり、受け取りながらやれる人なのでいいのですが、それが難しい人にとってはすごく大変なことの一つでしょうね。

 

”歩み寄りのジレンマ”から抜け出せないときついな〜。

やはり、その土地に昔から住んでいる人は新しくきた人へ歩み寄ろうとしなければなりません。

移住して新しくきた人も、もちろんその土地をよく知っている人へ歩み寄らなければなりません。

ただ、ここで生じるすごく難しいことが「世代間での考え方の違い」「歩み寄りの価値観」なんだなと思います。
 

地元の人は良かれと思って言ったり、することが新しい環境にきた人にとってはものすごく負担になることがあります。

そして、歩み寄ろうと近づいても「理解されない」という壁もあります。
 

お互いに距離を縮めたいという想いがあってても、逆効果を生みだすジレンマがここにはあるんです。

なんだか価値観の違いがある人との恋愛みたいな感覚です。

移住する人にとっての大きな壁はこの”歩み寄りのジレンマ”なのだと実体験からそう思います。

どちらも悪いわけではないんですが、いい方向に進まないというこのジレンマに気がつき、しっかり話せる環境を作っていくことが地域にとっても、移住者にとっても大事なことなんだろうなと思いますね。

 

まとめ

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「田舎は超スローライフが送れる。」

結論を言えば、間違ってもないし、正解でもないっていうのが僕の考えです。

どんな時も、”価値観は人によって違うもの”ってことを忘れてはいけません。特に生活をする場所を決めるようなことを単純な広告のキャッチコピーにつられて田舎移住なんて本当やめた方がいいと思います。

地方創生として国がキャンペーンを打ち出して、流行のように進めているからこそ、自分が何をしたいのか、その土地と自分が合うのかを本当の意味で考えないと失敗するのは目に見えています。

長年、自分の住んでいた土地を出て、新しい土地で暮らすということはとても大きな選択なんです。だからこそ、田舎移住はただのスローライフだとは思わないでいてほしいなと思います。

でも、この土地でやりたいことがある、憧れの生活がある、人とか生産物に近い場所で暮らしたい。そんな風に思っている人は、ぜひ、上記で書いた”歩み寄りのジレンマ”を少し意識しておくといいと思います。

こんな文章を書いていますが、僕は今住んでいる土地がとっても好きです。ジレンマを感じても、それを知ったからこそできることがあると思っています。

20年生きてきても、70年生きてきても、その時その時の環境にすり合わせていけるのが人だと思っているので、僕は今後が楽しみで楽しみでしょうがないです。
 

70歳の理解できないじじばばに理解できるようになれば、ほぼ全ての人に僕が言っていることが理解されるってことじゃないですか!そんな素晴らしいことになるように、もっともっとじじばばと議論をしていきたいと思っています。

あああああああああああ!ジレンマ、F◯CKーーーーーーーー!!!!!!って感じです。

 





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このブログの運営者

矢野 大地 (やの だいち)


NPO法人ONEれいほく代表理事
月間10万人の人に読まれるブログ「自由になったサル」を運営。
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