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自分の想像できないような壁を越えたとき、本当の意味での成長が待ってる

2015.11.30

先日、僕の出身校の高知大学で毎年開催されている”室戸貫歩”というイベントへ参加してきました。

といっても、僕は歩く人たちのサポーターとして今回は参加していたのですが、僕も大学生時代には参加した経験があります。

そんな伝統的な行事から感じることを書きたいと思います。

約90㎞。丸一日眠らずに歩く試練

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毎年、約500人が高知大学から高知県の東部室戸岬を目指して、歩きます。
 

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グーグルマップで見ると、全く休まず歩いても18時間近くかかる距離なんです。

そんな試練を毎年約500人もの人が果敢に挑みます。

そして、最後まで歩き切れる人はこの中の半分くらいなんです。

このイベントの辛さは僕自身が身をもって経験していますが、

大抵の人は50〜60㎞地点までは体力との戦い。

60〜80㎞までは気力と眠気との戦い。

そして、80〜ゴールまでは自分自身との戦い。

こんな風に思います。

特に普段から鍛えている人でなければこの辛さはさらに増すのではないかと思います。

ホントに試練と言える過酷なイベントです。

想像できないこととの戦いから知る自分

このイベントでは90㎞の道のりを歩くわけです。

正直、経験したことのない人には途方もない数字だと思います。

そう、僕はこのイベントの大切なところは、普通は経験したことのない経験だというところだと思うんですよね。

想像もできないようなことに挑んでいくことがとても大事なことなんです。

僕も実際、このイベントを歩ききるには想像も絶する辛さと戦った思い出があります。

途中からは自分が何をしてるのかよく分からないほど、満身創痍で歩き、何故か自分が今生きているということに感謝し始めたりもしました。

常に心の中の自分は
”今、リタイアしたところで誰もお前を責めたりしない。だから、いつでもやめていいんだぞ”
と問いかけてきました。

その自分とこの先、いつゴールできるかも分からない場所へ向かう行為を続けるのかという葛藤が僕の中で生まれました。

僕はその時、自分自身の限界はここにはないということに気がつけた気がします。

自分は今、想像できる範囲でしか生きてこなかったなと。

想像できるから怖くもなんともないけど、それはできることをただ繰り返しているだけの作業みたいなものなんだなと。

限界というものは越えるためにある大きな壁であり、それは進めば進むほど大きく越えるのが大変になる壁なんだと気がついたんです。

想像できないからこそ、その壁に向かう意味がある

このイベントがほんとに良い例だと思います。

普通の生活をしていると、自分の想像できる範囲のことをただ作業的に続けていることってすごく多い気がするんです。

でも、それではほんとの意味での成長には繋がっていないと僕は思います。

自分が想像することができないことだからこそ、その先にあることはそれを経験し、想像することのできる自分となるのです。

とてもシンプルなことだけどなかなかできないというのが現実です。

さあ、どうしたら想像できない経験をえることができるのでしょう。

簡単です。

まずは、とにかく自分のやったことのないことをやってみることです。

ほんとそれだけのシンプルなこと。

もっというと、やったことのない楽しそうなことをやってみるといいんです。

それが一番、自分の成長につながると僕は信じています。

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矢野 大地 (やの だいち)


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