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本当の”自由”とは何か?

2015.09.13

最近、もんもんと”自由になったサル””自由”という言葉について考える時があります。

大学卒業して、社会に出て、自分のやりたいことやってたら自由なんだと思ってたんです。

でも、今実際自由なのかと考えた時に、本当に心から自由ですって言えないのです。

なんでだろう。なんでだろう。

楽しく、わいわい動きながらいろんなものを見ながら”自由”について考えたので、書き綴りたいと思います。

自由とは解放されること

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一つ頭に浮かんできた”自由”な姿は解放されている自分の姿。

足に何も枷がついていなくて、でも、逆に周りには足に枷がついている人たちがいる。

そんな中を自分が特別に解放されている感覚が”自由”なんだと。

でも、この”自由”には何か腑に落ちないところもあって、ある意味で自分を特別視していて、他の人と自分は違うというようなおごりのようなものがあって、それはある意味で”他の人と自分を比較”していて、

本質的にはその環境に縛られている自分がいるのです。

それは僕の感じる”自由”ではありませんでした。

自由とはすべての行動が承認されること

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また、僕の中での”自由”な姿は、人に自分の行動がまったく否定されず、好き放題にできる様を想像していました。

でも、僕自身はまったく完璧な人間でもなければ神様みたいに崇められる存在でもありません。

間違いも犯すし、人を傷つけてしまうこともあります。

そんな自分を責めて、病んでしまうこともあります。

それは僕の求める自由ではありませんでした。

好き放題にしていることが”自由”の本質ではないのだと確信しました。

自由とは表現すること

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そして、少ししっくりきていることは”自由”とは表現することではないかと考えました。

すべての表現が自分の自由なのです。

社会に縛られた表現ではない、自分にしかできない自分だけの表現です。

僕もこうしてブログを書くことになるとは1年前は思ってもみなかったけど、これを書くことで自分が自由に近づいていると感じることがあります。

今まで、恥ずかしくて避けてきた表現も、怖くて避けてきた表現も、ブログという媒体を通すことで表現できちゃったりするんです。

ただ、表現するだけでは本当の”自由”とは言えないのです。

それは自由に発言することや、自由に表現することは誰かに見てもらったり、聞いてもらうという第三者が介されてしまうからです。

それは本質的に”自由”なのか甚だ疑問が残ります。

自由とは生きること、死ぬこと

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そして、すっと腑に落ちたことは、”自由”とは生きること、そして死ぬことだなって思ったんです。

ちょっと過激な表現をすると、生きるも死ぬも僕らの与えられた”自由”な権利です。

日本には現在でも一年に約3万人の自殺者が存在します。

それを肯定的に捉えているわけではありませんが、人に縛られず自ら選択できるゆういつの選択肢は生きるか死ぬかなのかもしれないなと思ったんです。

僕は自分の自由をこう捉えました。

自ら生きるか、死ぬかの選択肢を選び。かつ、生きていくということを明確に意識できること

つまり、”自由になったサル”とは生き方を明確に持って生きているサルということなんです!

そう!こんな感じ。
 

なんだか、もんもんと考えて、こうして言葉に落としてみるのもたまにはいいですね。

まあ、答えなんてないんです。考えることが大事!
ポエマ〜でした〜笑

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